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【特集:谷戸の未来を考える①】船越町、格安谷戸物件の分かれ道はどこにあったのか特別寄稿 

横須賀・三浦半島の地理的な特徴に「谷戸(やと)」があることは、地元の方なら異論がないことと思います。山あいに細く入り組んだ谷筋〜斜面沿いに、田畑や住宅があることで形成される谷戸の風景。おなじみではありながら、現在、この景観を維持するのはかなり困難になってきています。建築にまつわる法規や防災の観点、そして高齢化。いろいろな問題を抱える谷戸地域は今後どうなっていくとよいのでしょうか。

じっくり考えてみたくなったので、特別ゲストをお招きしました。「URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-」管理人の吉川祐介さんです。千葉県内を中心に「限界分譲地」を取り上げ執筆活動を行っていらっしゃいます。「限界分譲地」とは、おもにここ数十年の間に開発された住宅用地のうち、利便性が著しく悪い立地に作られ、なかば放棄されつつある分譲地のこと。三浦半島の谷戸は分譲地ではありませんが、利便性などにおいて限界分譲地と似たような課題を背負っています。

タイミング悪く酷暑の中(!)になってしまいましたが、横須賀市で実際に販売されている谷戸物件を足で巡り、記事にまとめていただきました。たくさんの事例を見てきた吉川さんならではの視点で、改めて谷戸を眺めてみます。本日は前編として、横須賀市船越の事例をご紹介します。後編の公開は明日です。

なお、今回は実際に販売されている、もしくは売却されて次のオーナーの手に渡っている物件を紹介しています。物件へたどり着くためのルートには私道も多く含まれ、近隣住民のプライバシーへの配慮も必要な地域です。そのため、物件近辺の写真や販売価格は掲載しますが、具体的な散策ルートや地図はご紹介しません。あしからずご了承ください。(横須賀ぷらから通信主宰・赤星)

URBANSPRAWL -限界ニュータウン探訪記-
資産価値暴落中! 千葉の投げ売りニュータウンで意識低い系田舎暮らし

谷戸の町、横須賀へ

再開発も進む市街地のすぐ裏手に広がる、古くからの谷戸の住宅地。

 横須賀という町について僕はこれまで、あるひとつのイメージを持っていた。それは、自動車が進入できないような急傾斜地の斜面上や谷あい(谷戸)に築かれた細道の奥に、本来の横須賀の地価水準からかけ離れた、破格値の安物件が点在しているという、おそらく多くの横須賀っ子は喜ばないであろう極めて偏ったイメージである。

 もちろん僕も、一般的に横須賀と聞いて連想される、旧日本海軍(カレー含む)や海上自衛隊、米軍基地といった、軍港絡みのイメージも持ってはいる。だが、趣味や仕事の都合で、千葉県の格安物件事情を日常的に調査している僕は、東京湾を挟んで対岸の横須賀市内の格安物件も視野に入ってくることがたびたびあった。言うまでもなく、そのすべてが車両での進入が不可能な谷戸の物件である。

 谷戸の古い住宅地は、今となっては、単に車両の侵入が不可能であるだけでなく、様々な法令上の制限が加えられているため、多くが駅徒歩圏内であるにも関わらず平坦部と比較して著しく安値で取引されている。谷戸物件は一般の不動産物件情報サイトでも常に掲載されている。それ自体は、なにも僕が改めて事例を挙げて指摘するまでもなく、市民の方なら誰でも知っている周知の事実であろう。

 市民の方にとっては当たり前の日常の風景であると思うが、地平線近くまで田んぼしかないような千葉の片田舎で暮らす僕にとっては、今は山間部の集落でも少なくなった、徒歩のみのアプローチの急傾斜地物件というのは、純粋な興味が湧いてくるものだ。これまで幾度も横須賀を訪問してみたいと考えてはいたが、僕は特に横須賀に知人がいるわけでもなければ地縁もなく、なかなか実現する機会が訪れなかった。

住宅地としての利用には様々な障壁もある谷戸地域だが、市街地のすぐ裏手に残された、車両の往来もない貴重な住空間でもある。

 そんな折、今回幸運にも横須賀ぷらから通信の赤星さんより、谷戸の物件に関するコラム記事執筆のご依頼を頂く機会に恵まれた。季節は真夏で、ほぼ登山に等しい谷戸地域の散策は、天候によってはカレーも喉を通らぬほど過酷なものであろうことは想像に難くなかったが、それでもこれは横須賀物件巡りの千載一遇のチャンスということで、喜んで受けさせていただくことにしたものだ。

 格安物件をよく見る汐入駅や逸見駅周辺の谷戸地域を、気ままに散策してみるのも面白そうではあるが、土地勘もないまま歩き回るには範囲が広すぎる。横須賀ぷらから通信編集部の赤星さんも、途中で合流してご同行いただく話になってはいたが、赤星さんも仲介業者ではないのだから、「物件が安そうな谷戸を案内してください」では雲をつかむような話で困ってしまうだろう。

 そこで今回は、自分がストックしていた過去の物件情報の他、親しくしている不動産業者の方に、業者間の物件検索システムである「レインズ」に登録されている市内の谷戸物件の情報をいくつかピックアップしてもらい、それの物件見学を兼ねた散策を行うことにした。いずれも、価格は500万円以下の格安物件である。

船越町の売家と朽ちていくアパート

京急田浦駅から国道16号を北上すること数分、浦郷隧道前にある集落の入口。

 最初に訪問した物件は、京急田浦駅から国道16号線を北上することおよそ徒歩8分、浦郷隧道の手前、がらめきの切通しに向かう途中の斜面。隧道脇の斜面に立ち並ぶ家屋のうち1戸が、およそ1年ほど前に100万円で売りに出されていたことがある。築60年ほどの古い家屋だが、さすがに40万もの人口を誇る横須賀市内で100万円という価格は衝撃的だ。僕が住む人口2万人の千葉の田舎町ですら、そんな価格の物件はめったにない。おそらくすでに売却済みであろうが、ずっとどんな立地条件であるのか気になっていて、最初に訪れてみることにした。

この階段を登った上段に、以前100万円の売家が出されていた。

 トンネル下の階段を登り始めてすぐに、もはや朽ち果ててリフォームも困難であろうと思われる古いアパート跡がある。足場が組まれているのだが、すでに外廊下は崩落してしまったのか失われていて、工事が行われているようには見えない。壁にも穴が空き、このまま放置すれば崩落は免れないと思われるものだ。

入口付近に放置されていたアパート跡。近隣住民の方は、長く放置されていて持ち主も顔を見せなくなったと語る。

 近隣住民の方が外で作業をしていたので声をかけてみると、このアパート跡は、10年以上前に持ち主が変わり、その後しばらく、時折若い人達が何人かで来て修繕を行っていたことがあるのだが、修繕していたのは2~3年ほどだけで、その後は顔を見せなくなってしまい、以降はそのまま荒れるに任せた状態であると語ってくれた。

 野良猫の住まいになっていて迷惑しているので、行政にも何度も申し入れしているとのことである。しかし、行政による空き家の解体(代執行)は簡単な話ではなく、今のところ事態が改善する模様はないようだ。それより僕が気になったのは、若者数人が不定期的に訪問して修繕を行っていたという話である。

 このアパート跡はひと目見ただけでも相当に築年が経過しているとわかるもので、おそらく今よりも建築に関する法令が緩い時代の産物であると思われる。接続する私道の幅員も狭く、再建築が難しい物件なのかもしれない。現在の建築基準法では原則として、建築基準法で定められた幅員4m以上の道路に2m以上接していなければ建築許可申請が認められない。横須賀の谷戸地域では、この条件を満たしていないために新築や建て替えが不可能になっている不動産が数多く残されている。

ちなみに上段にある件の100万円物件の広告にも、再建築が難しい旨の注記が記載されている(業者向けの広告なので接道に関する法解釈で記載してある)。

問題の100万円の売家広告。(一部修正済み)

 リフォームするにしても、ここはトンネル出口のすぐ脇にある住戸群なので、階段下に工事車両を停車できるようなスペースがまったくない。これは推測だが、古アパートを購入したもののリフォーム工事の見積額が予想以上に高く、それで仲間を募っての自力リフォームを決行していたのではないだろうか。しかしこの立地条件では、単に資材を運び込むだけでも相当に苦労するはずである。当然、修繕後は賃貸経営を見越していたはずだが、費用対効果が望めなくなって断念してしまったのだろう。

100万円の元売家は手を加えられていたが、周囲には他にも放置家屋があり、上段部は人の往来も少ないように見える。

 なお、目的であった上段の100万円の売家は、壁の色がまだ真新しい印象で、十分利用できそうな様子であった。だが、敷地に至るまでの通路が雑草に覆われていて、日常的に人が出入りしている形跡が見られない。谷戸の物件は格安の賃貸物件として再生され、市場に流通しているものが数多くあるので、ここも現在は貸家として入居者を募集している最中なのかもしれない。

船越町の古家付土地

 続いて訪問したのは、同じく京急田浦駅から徒歩11分を謳う278万円の売家だ。価格面のインパクトは先の100万円には及ばないが、広告には「駅からほぼフラット(やや上る)」の一文もあり、地図で見る限り、物件の向かいは駐車場になっているので車の進入も可能だ。しかし、肝心の物件の「正面写真」は一面樹木に覆われていて、建物の姿はまったく見えない。キャッチコピーには「DIY好き求ム! 貸家向き!」とあるのだが、そのコピーのすぐ下でスカレーちゃんが、すかさず「貸家向きかも!」と一部訂正に走っている。

278万円の「貸家向き」とされる中古戸建の広告(一部修正済み)。スカレーちゃんがキャッチコピーの訂正を行っている。

 常識的に考えて、京急田浦駅徒歩圏内で車両進入可能な住宅が、278万円などという価格で売りに出されるはずはなく、率直に言って嫌な予感しかしない。現地に着いてみると、物件は広告掲載の写真と何ら変わらぬジャングルのままで、あまりに雑木が繁茂しているために、道路上からは、擁壁上に建つ家屋の玄関すらもほとんど見えない有様だった。「貸家向き」どころか疑いもなく廃屋であり、これではスカレーちゃんが間髪入れず訂正するのも無理はない。

広告には「貸家向き」とあるが、雑木が繁茂していて、建物の外観がほとんど確認できない。

 しかもこの家は下の道路から見上げると、すでにガラスもない窓の奥に青空が透けて見える。どうやら屋根が抜け落ちているらしく、もはやDIYでどうにかなるレベルを超えている。これを「中古戸建」として売る感覚は理解し難く、むしろ場合によっては危険空き家に認定されてもおかしくないほどのものだ。

進む二極化:「古家付土地」の未来

ガラスも失われた窓の奥に青空が見える。屋根が抜け落ちている模様だ。これではDIYでの修繕などほぼ不可能だろう。

 この物件は、いわゆる「古家付土地」の値付けの非常にわかりやすい例だ。更地であれば、本来もっと高値をつけられるはずの立地条件だが、再利用は不可能なほど上物(古家)が荒廃している。ゆえに事実上解体する以外の選択肢がなく、解体費用を見込んだ分だけ更地よりも価格が下がっているパターンである。

 これは廃墟に限らず、もはや建物に価格が付けられない(と判断されている)古家も同様で、いずれも解体後に更地の新築用地として再利用する前提で価格が決められている。これが一般的な都市部における不動産価格の算出基準だ。横須賀市の多くの地域の住宅地の物件も、通常はこの算出基準に則って値付けがされているはずである。

平坦部の市街地と谷戸地域では、価格相場だけでなく、物件価格の算出基準そのものが大きく異なっている。

 しかし、横須賀市内の物件を見ていると、その不動産市場はいま、極端な二極化が生じている。「二極化」と言ってもそれは、単に物件価格が高いか安いかというような価格差の話ではない。谷戸物件においては「古家」や「上物」の有無が、前述の算出基準に必ずしも当てはめて考慮されているわけではなく、「古家付土地」はもはや新築用地としてみなされていないということだ。地元の方にしてみれば、車両も入れない谷戸が新築用地の候補から外れるのは当たり前の話に聞こえるかもしれないが、これは不動産の値付けを考える上では絶対に無視できないポイントなのである。

 ここまで紹介してきた3つの物件(廃アパート、100万円売家、278万円売家)は、一見すれば最も不利な条件であるはずの100万円の売家が良好なコンディションを保っている一方、逆に最も有利なはずの278万円の物件が、もはや再起不能な状態に陥ってしまっている。この結末の違いはどこで生じたものなのか。次項では、更に厳しい地形条件にある汐入町の物件を事例に、この課題と対策について考察していきたい。

本来であれば解体費用を差し引いた金額で取引されるはずの「古家付き土地」。更地にして新築を建てることが法令上ほぼ不可能な谷戸地域では、逆転現象が起こっているといいます。つまり、「どんなに古くてもいいから住める建物がある」ことで売買金額が上がるという不思議。

しかし実際に物件まで足を運ぶと、そのコンディションはピンからキリまでさまざまです。どうしてこのような違いがでてしまったのか。谷戸に物件を持っている人は、これからどうすればいいのか。明日公開の後編では、汐入を歩きながら谷戸の未来について考えます。

2022年9月下旬、吉川さんの著書が発売されます! 現在各オンラインショップで予約が始まっています。

吉川祐介
吉川祐介

1981年静岡市生まれ。投機型分譲地やリゾート地などの「負動産」専門の文筆業。鎮守府でもカレーでもなく「谷戸の格安物件」という角度から横須賀に関心を寄せていた招かれざる闖入者。

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