
ぷらから通信読者の皆さま、はじめまして。サンズイ舎のモリと申します。普段は湘南~三浦半島を拠点にブックイベントへの出店や運営、小紙誌の制作など、本まわりの活動を個人で行っております。関心があるのは、本を通して地域の人たちと活字文化の面白さを共有する場づくりなど。その中でも今回は小紙誌=ZINE(ジン)という小さな紙のメディアを作るまでに至った経緯や、自分なりに地域文化を発信することの魅力についてご紹介したいと思います。
<ZINE 小紙誌との出会い>

さて冒頭に挙げましたZINE。この言葉を見聞きしたり、或いは実際に手に取ったりしたことはございますか?そもそもZINEとは小部数で発行される小冊子のことでここ数年、出版文化の1ジャンルとして根付きつつあります。大まかな由来としてはもともと海外で社会課題をテーマにしたZINEが多く流通していた一方、日本でもそうした潮流を取り入れつつ、旅行やグルメ、町歩きといった趣味に特化したZINEが多く作られています。少部数で個人でも気軽に作れる点が魅力で、サンズイ舎は三浦半島の自然と郷土史を題材にしたZINE制作を10年ほど前から細々と続けております。


きっかけは友人に誘われた三浦半島の磯巡りでした。岩場に隠れる小さな生きものたち。ダイナミックな潮の満ち引き。朝日に照らされた浅瀬を進む稚魚の群れ。横須賀で生まれながら海への馴染みが薄かった自分にとって、どれも新鮮な光景でした。磯仲間が定期的に発行していたフリーペーパー作りに誘われ、制作に携わった経験がZINE作りへと繋がります。

作った磯フリペの内容が少しずつマニアックになっていき「別の流通の形を探さねば…」と思案していたところZINEという表現に出会い、「海洋博物系ZINE キュウセン」というZINEを立ち上げました。ひとりで執筆/編集する小冊子作りのスタートです。三浦半島の磯で撮った生き物を写真で紹介したり、水辺にまつわる読書案内を組んだり、現在3号まで刊行しています。友人のデザイナーやカメラマンに依頼し、イラストや写真の割り合いを多めにしたビジュアルブックをコンセプトに据えました。
この活動を始めた頃は東京の博物クラフト市「博物ふぇすていばる!」や鎌倉にあった個性派古書店「ブックスモブロ」などでZINEを販売。「水辺の文化を辿る」というなかなかマニアックなコンセプトですが、少しずつお取り扱い店を広げながら活動を継続しています。
<知る/書く/まとめる楽しさ>

ZINEを3冊作ったところで、関心は郷土史や民俗学の方にも移っていきます。3号の制作過程で横須賀市自然・人文博物館(以下、市博)に漁撈(ぎょろう)用具のコレクションが収蔵されていることを知りました。漁撈用具とは魚や海藻などを獲ったり収穫する一連の道具群のことで、市博には植物や土など自然由来の素材で作られた2,000点以上が重要文化財として収蔵されています。三浦半島の磯へ通うことで、自然と海辺の暮らしに興味を持った自分にとって、ぴったりの題材でした。交流があった市博の学芸員・内舩俊樹先生(昆虫学)から民俗学担当の瀬川渉先生へお繋ぎいただき、漁撈用具ZINE『漁民の芸術1』の企画がスタートしました。
さっそく難航したのが、資料探し。用具を解説した民俗学や民具学の書籍はたくさんあります。が、日本各地での調査をまとめた概要がほとんどで、自分が知りたい三浦半島の漁撈用具について詳しく書かれた資料となると、数が限られました。更に資料をあたっていくに連れ用具の使用方法について触れていても、使っていた人々の顔や暮らしが見えて来ないものが少なくなく、執筆に迷いが生じました。解説する漁具が複数あるので資料の整理にも気を使うなど、悩みが尽きない日々が続きます。

制作に進展が訪れたのは一冊の資料との出会いでした。横須賀市が編纂した『新横須賀市史 別編民俗』。ハードカバー約900ページに及ぶ、いわゆる自立する大型本です。基礎文献の収集に加え、市民への聞き取り調査がまとめられた郷土資料の決定版と言える一冊でした。人と暮らしと道具から三浦半島を知る――まさしく自分が探していた本だったのです。その中から漁撈文化にまつわる記述を洗い出し、まとめる作業に取り掛かります。市史の読み込み/参考箇所の洗い出し/文献のコピー。このルーティンを繰り返す日々が続きます。コピーした資料は漁具ごとに茶封筒へ分類。ある程度資料が集まった茶封筒から順にビックアップし、原稿化の作業へと進むのです(茶封筒への分類は生態学者・梅棹忠夫に倣いました)。

大学時代のレポートしかり、自分は文献探しや記事集めが性に合っているらしくいくらでも出来るのですが、執筆作業はどうも苦手なところがあります。学生の頃と違って今は仕事と家庭もありますし、原稿執筆の時間をどう捻出するのかが課題でした。通勤時間に集中して書く。土日にまとめて書く。喫茶店に持ち込む。あれこれ試した結果、毎日早朝に書くことに落ち着きました。読み込んだ資料をもとに推敲せず、ひたすら書きまくるスタイルです。後日、ある程度の文章が溜まったところで中身を整え正式な原稿とします。これが自分の生活のリズムにぴったりはまり、毎朝5時半起きで出勤前に集中して執筆する生活サイクルが生まれました。今でもこうした暮らしと制作を行き来しながら活動を続けています(作家で音楽家の坂口恭平が著作やSNSで実践していたスタイルを参考にしました)。
<地域を知る、地域が繋がる>

北は岩手、南は徳島まで。お陰様で『漁民の芸術1』は全国約30の独立系書店などでお取り扱いいただいております。SNS投稿によれば知床/北海道や西表島/沖縄の読者さんのお手に渡っており、三浦半島の漁撈文化の魅力が少しずつ各地へ広がっているようで嬉しくなります。
ZINE作りがきっかけで市外や他県のお取り扱い書店へご挨拶に伺う機会が増え、店主さんからご当地の自然や文化のお話を伺うことも、密かな楽しみのひとつになりました。「磯場があちこちにある」「低山ハイクが気軽に楽しめる」「駅前の立ち飲みが美味しい」そうした会話を重ねるうちに土地の話題を語らう楽しさに改めて気付かされたのも、ZINEの活動で知り合った方々との交流があってのことでした。

「軍港以外の横須賀の姿を」三浦半島を拠点にZINE作りを始めた頃から掲げている言葉です。よく近代化の幕開けの地として語られる横須賀ですが、それ以前から人々の暮らしがあり、豊かな自然がありました。郷土史という小さな燈火を自分なりに掬い取り、かたちにしていく。ささやかな活動ではありますがZINEという小さな紙メディアを通してこれからも横須賀、そして三浦半島の魅力を発信していきたいと思っております。

モリナヲ弥(文・写真)

モリナヲ弥
ZINE作りのひとりユニット「サンズイ舎」主宰。2015年からZINE制作のほか一箱古本市への出店など、本まわりの活動を続けている。本の市と地域博物館の出張展示を楽しむイベント「横須賀ブックミュージアム」では実行委員を務める。
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