三浦半島の中央部。初心者向けトレッキングコースとしても人気の武山(たけやま)の麓に、「一騎塚(いっきづか)」と呼ばれる地域があります。そこはその名前の通り、たった一騎で戦場に向かった武士を偲ぶ塚……つまりお墓です。今回はそこに向かってみましょう!
今回のお散歩ルート
一騎塚へは「一騎塚バス停」です。「JR横須賀駅」「横須賀中央駅」「三崎口駅」からバスに乗り、「一騎塚バス停」で下車します。
JR横須賀駅からは2番乗り場、横須賀中央駅からは4番乗り場。三崎口駅からは3番乗り場です。
一騎塚の物語
時は鎌倉時代、建暦3(1213)年。和田一族が北条氏に対して武力で対抗した和田合戦が起こりました。
三浦の棟梁である三浦義村(みうら よしむら)は最初は和田側で戦う事を約束していましたが、直前で考えを改めて北条方につきます。その為、三浦党の多くは義村に従って北条側につきました。
しかし、この地の領主である三浦党の武義国(たけ よしくに)は棟梁の決断に納得できなかったのでしょうか。和田義盛に加勢すべく、ただ一騎で出陣しました。結果は討死してしまったのですが、領民が哀れんで塚を築いて弔い、一騎塚と呼ばれるようになりました。
以来、この塚はこの地域の信仰の中心となり、色んな供養塔や庚申塔、不動明王などが祀られています。
一騎塚へ
一騎塚バス停についたら、横須賀方面からは後ろを振り返って曲がり角を右に。

三崎方面からは、後ろを向いて斜め左にあるこんもりした丘を目指しましょう。

この分かれ道で、坂を登ります。

「一騎塚」はお墓ではなく、このこんもりとした丘が一騎塚だそうです。坂を登りきると石碑が建っています。

彫られているのは、昭和の俳人・石田波郷(いしだ はきょう)の句です。
緑さす細田 掻きをり 一騎塚
石田 波郷
石田波郷が主催した俳句の結社「鶴」には横須賀支部がありました。だから横須賀の俳人とも交流があり、横須賀から一騎塚の前を通って三崎にも行ったことがあります。そしてその夜の句会で発表したのがこの句です。
一騎塚探索
一騎塚の句碑を通り過ぎて少し坂を下ると、お墓のような、お地蔵さんのような石碑が建っています。これは庚申塔(こうしんとう)と呼ばれるものです。
庚申塔は江戸時代の民間信仰の1つです。人間の体内には三尸(さんし)の虫がいて、60日に1度の庚申の夜、人が眠っている間にその人が行った悪行を閻魔様に告げ口しに行ってしまいます。
そこで庚申の夜には寝ずに夜通し宴会することになりました。……行いを改める方向ではないのが面白いですね。
元々は平安時代の貴族の風習でしたが、鎌倉時代には武士階級に伝わり、江戸時代では庶民の間で行われました。
60日に1回行われる庚申の夜の宴会は「庚申講」と呼ばれ、18回続けると1基庚申塔が建てられます。この地域では、信仰の中心だった一騎塚にみんなが集まったようですね。

庚申塔
この庚申塔に彫られているのは「青面金剛(しょうめん こんごう)」という神で、庚申の夜に人間の体内から出て来た 三尸の虫を押さえつけてくれるとされていました。他にも「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿や、ただ「庚申塔」と文字が彫られているなど、さまざまなバリエーションがあります。
もう少し坂を下ると細い階段がありますので、ちょっと登ってみましょう!

先ほどの庚申塔や、不動明王が祀られている小さなお社の前を通り過ぎ、階段を登り切った先には小さな広場に出ます。

一騎塚の案内板や多くの庚申塔の他に、無病息災を祈願する「疫神碑」、富士登山できない女性や老人の為に建てられた「富士登山信仰」の地蔵や、左官や大工などの職人たちに信仰された「聖徳太子塔」、明治以降に従軍して戦死した魂を弔う「忠魂碑(ちゅうこんひ)」など、さまざまな石碑が建てられています。
本当にここが昔から今まで、この地域における信仰の中心地だと感じられる場所で、静かな刻が流れていました。寺や神社でもないのにここまで多くの信仰の碑が見て取れるのは、全国でも珍しいのではないのでしょうか。
一騎塚の石碑群は、庶民信仰を物語る有形民俗文化財として市の指定を受けています。
夏の暑い時期でもここなら木に覆われていて涼しそうです。町を見下ろせば、風が枝を揺らす音が聞こえ、この場所に江戸時代から流れていた「祈りの時間」に思いを馳せ、思わず合掌していました。
和田合戦で散った武義国はさぞや無念でしたでしょう。しかしこうして塚を作って弔われ、江戸時代には信仰の中心地となり、現代まで残っているのは、武士にとっては誉れなのかもしれませんね。
今回歩いた道とぷらからおすすめ追加ルート
一騎塚からは住宅街を経由して登る武山ハイキングコースがおすすめ。ちょこっとなら武山展望台までの往復、しっかり歩くなら砲台山〜三浦富士を縦走して津久井浜に出るルートもあります。ルートマップは横須賀市の「ここはヨコスカ」からどうぞ。