“ヨソモノヨコスカ”として、『横須賀ぷらから通信』に駅前徘徊記を書いている木内アキさんが、ZINE(インディペンデントな雑誌/冊子)『ヨソモノ』を2024年3月に発売しました。米軍基地や海軍カレーなど、観光地としてのイメージで語られやすい横須賀の「くらしと人」に焦点を当てた内容で、2024年6月上旬には3度目の増刷が決定。“ぷらから”主宰の赤星友香さんもエッセイを寄稿しています。

そこで今回は、観光とはひと味違う「いつもの、横須賀を書く」ことをテーマに、赤星友香さんと木内アキさんが対談。横須賀という街に感じる面白さや可能性について語り合いました。前・後編2回に渡りお届けします。
対談者プロフィール
赤星友香(あかほし・ともか)
『横須賀ぷらから通信』主宰。piggiesagogo クロシェター/ライター。東京・国立市で生まれ、5歳のときに横須賀に引越す。大学時代にまちづくり団体に所属し、横須賀市制100周年と連動したイベントなどにも関わる。茨城県・つくば市在住となった現在も、定期的に横須賀を訪問し、記事執筆に勤しむ。
木内アキ(きうち・あき)
文筆レーベル『ヨソモノ』主宰。フリーライター。北海道・旭川市で生まれ、大学入学を機に上京。東京生活を経て、2018年に横須賀に移住。雑誌や書籍、ウェブでの取材・執筆活動を続けながら、2024年4月に「ソトから見た横須賀」をテーマにしたインディペンデント文芸ZINE『ヨソモノ』を発刊。
「歩く」と、いつもの街の、ちょっと違う姿が見えてくる
木内:赤星さんと知り合ったのは2021年、コロナ禍の最中でしたね。
『横須賀ぷらから通信(以下、ぷらから)』というウェブメディアを立ち上げようと思っているので、何か書いてみないかと連絡をくださって。
どういうきっかけで立ち上げを決意したのでしょうか。
赤星:生活の変化に伴い、茨城県つくば市在住にはなりましたが、長年くらした横須賀のことはずっと好きなので「横須賀と接し続けたいな」という思いが根底にありました。
そのときはコロナ禍だったので「ひとりで散歩がてら横須賀~三浦界隈を歩いてもらうコンセプトが良いのでは」と考えて、スマホをお伴に今どこを歩いているのか検索しやすいウェブマガジンの形にしたんです。

木内:ちなみに「“プラ”ス1時間ここ“から”歩く」が「ぷらから」の名前の由来ですが、お散歩にテーマを絞った狙いは?
赤星:「歩く」って生活していく中でみんなやっていることですが、パッと行きたいところにだけ行けるクルマと比べると、疲れる行為のはずなんですよね。
そこにはある意味「生きてる自分を扱っている」みたいな身体感覚があって、そういう時間を割いた街のことを人は好きになるんじゃないか、と私は思っていて。
木内:たしかに、歩くと「その土地の営み」みたいなものが間近に見えてきますよね。
人の家の脇を通ると洗濯物が干してあって、その先の角を曲がると急に古い祠が現れて「なんだこれは!」と思うとか。
赤星:そうそう。
私は旅行で知らない街に行っても、何も考えずバンバン歩いていくんですけど、そうすると「自分の外側にも人間が生きてて、いろんな生き物がいる世界がちゃんとある」みたいな感覚が得られる。
木内:そこにある風景や匂い、音など、周囲にある世界を感じるには「歩く」ってちょうどいいスピード感です。

赤星:『ぷらから』のメインターゲットは、いま現在、横須賀~三浦にいる人なんです。
どちらも長く住んでいる人が多い地域なので、「地元のことを知っている」と感じている人も多いのかな、と思うんですね。
だからこそ、あれこれ考え事をしながらゆっくり街を歩いて、いつのまにか知らない場所に出て、そこには今まで見えてなかった生活があった……みたいな体験をしてみてほしい。
そうやって、今までとは違う視点で横須賀~三浦を捉え直してもらえたら、と考えました。
木内:いつもの街で、いつもとはちょっと違う体験ができる、それを気軽に味わえるのが「歩くこと」であり「散歩」だ、と。
現在見られる記事の切り口は、歴史あり、お店訪問あり、といろいろですが、どういう観点で執筆陣を選んでいるのでしょうか?
赤星:「横須賀にいる時間を大事にしていて、足を使って街を歩いている人」という基準がベースにありますが、あとは「極端に自分の好きなものがある人」ですね。
私が気づかないような目線でものを見ている人が面白いな、と。
ただ、横須賀~三浦が好きで、地域に対して突き抜けた関心事を持っている方たちを探すと、このエリアに長く住んでいる執筆者に偏りやすいでしょう。
それもあって、木内さんのようにソトからの視点を持った人にも加わってもらいたいな、とお声がけしました。
木内:そうでしたか。
お話をいただいたときは「私は移住者で、街にもそんなに詳しくないのにいいのかな?」と驚いたんです。
赤星:きっかけは、木内さんがnoteに投稿していた『ヨソモノヨコスカ』というシリーズです。

赤星:以前、まちづくり会社で働いていたのですが、ふるさとと違う地域に移住したあと「地の人」になってしまう事例はよく見たんです。
木内さんはその逆で、自ら “ヨソモノ” って名乗りながら住んでいる街のことを書いている。
その「馴染む気のなさ」がすごく面白いな、と思って。
木内:光栄です(笑)。
言葉にしづらい横須賀の魅力を、文章で表現する試み
赤星:今回、ZINE『ヨソモノ』を発行したのには、何かきっかけがあったのでしょうか。
木内:横須賀って、知名度がある街なのに、「くらしの姿」があんまり想像できないな、と思ったのがそもそもの始まりです。
身の回りにいる人に聞いても、東京に長らく住んだ自分自身としても、住んでみるまで横須賀のイメージってやっぱり「米軍基地、カレー、バーガー、ペリー」のような、観光として発信されているものが中心だったんですよね。
でも実際に住んでみたら、自然とか農作物とか「くらしの豊かさ」のほうに強いインパクトを受けました。
それもあって、ソトでは「住みやすい街」という印象があんまりなかったなぁ、と。
赤星:たしかに。
木内:実際、地元の人とお話しすると口々に「横須賀は住みやすいですよ」とおっしゃいます。
この街が好きで住んでいる人も多い印象を受けるんですが、「どういうところが好き?」という話になると、途端に口が重くなってうまく表現できない……のような瞬間に何度も立ち会いました。
それで、「この街でくらす魅力は、言語化しづらいのかもしれない」と興味が湧いてきたんです。

赤星:地元の人のそういう感覚分かります。
横須賀って「軍港」とか「ドブ板通り」とか、強い「点」のイメージはあるんですけど、生活とか人が生きている場としての2次元・3次元の広がりを、横須賀が好きな人たちもうまくイメージできないんですよ。
それを人に伝えるための言葉がないというか。
木内:ほかには、私や知人らヨソモノ勢が横須賀に来て「いいね!」と思うものや場所に対して、地元の人はそれほど関心がない、といった捉え方の違いを感じることもありました。
どちらの意見が正しい、という話ではなく、街に先入観やしがらみのないヨソモノが横須賀の何を面白がり、この街をどんなふうに見つめているのか、「私たちにとって、横須賀ってこんなですけど」とリアルな言葉だけをギュッとまとめてみたら、横須賀から放たれるものが角度を変えて浮かび上がってくるのでは、と仮説を立てたんです。
赤星:読みやすい雑誌形式ではなく、あえて文章を主体に表現したことに理由はあったのでしょうか。
木内:最初は雑誌の形にすることも考えたんです。
ただ、雑誌とは情報を「どう整理し、編集するか」がキモになるメディアなのですが、横須賀は広いうえに要素が多い街だから、とても私の能力では整理できないな、と(笑)。
たとえば、自然の特徴や食の魅力があり、開国や軍港都市の歴史があり、さらに米軍基地、酒場文化、ジャズ、ロック、アニメ、スポーツ……。
赤星:どうしても一部分を切り出す形になるでしょうね。
木内:そうなんです。
言葉になりづらい奥行きや機微みたいなものこそ横須賀を構成している空気じゃないか、と思っている中で、雑誌という形に着地させるために、ある一部分だけ切り出すのは本末転倒になってしまう。
写真に映らない感覚的なものは文章のほうが表現しやすいですし、自分も長らく文章側の人間ですから、いっそ読み物を主体にしちゃおうと腹を決めて。
あとは、横須賀に流れる文化やカルチャー的なものにアンテナを持った人をターゲットにしたので、そういう人は文章を読むことに抵抗がないはずだ、とも考えたのもあります。
赤星:文章を中心にしたとはいえ、掲載されている写真も印象的でした。
木内:個人的に「インスタ映え」みたいなキラキラしたことは、あまり合わない街では? と思っているんです。
『ヨソモノ』に載せた写真は、階段とかトンネルとか、住んでいる人はいつも見ているような何気ない景色だと思うのですが、そこに独特の「らしさ」がもうあるんだよ、ということを伝えたくて。

赤星:カットの中に、進次郎ポスターの写真があったじゃないですか。
多分、地元の人は気にしていないと思うんですけど、こうやって切り取られるとドキッとします。
木内:私は引越してきてすぐ「こんなに至るところに貼ってある!」と気になってしょうがなかったです(笑)。
想像する「余白」が残るのが「読むメディア」の面白さ
木内:ウェブと紙、形は違えど『ぷらから』も『ヨソモノ』も文章で伝えるメディアです。
「読む」面白さってどういう点にあると思いますか?
赤星:余白があるんですよね、「読む」って。
執筆者が目にしたり耳にしたりしていることを具体的に書いてはいるんだけれども、ある程度は読み手が想像する余地が残されているところがやっぱり好きかな。
木内:「読む」って、書いてある世界に参加できる余地がある、という感じがします。
私は動画も好きですが、例えば行きたい国の映像なんかを観ると、答えを見ちゃったような気持ちになることもあって。
実際に行くとまた違う経験があるのは分かっているんですが、どこか「もう見た」ような感覚が生まれてしまうというか。
赤星:文章で読んでも、映像を見ても、そのことをきっかけに「実際に見てみたいから現地に行こう」というパターンはどちらでもあり得るはず、とは思います。
ただ、ドローンが空撮した素晴らしい映像を見て、「おーすごい」と感じて、そこで終わってしまうことは確かにあるかもしれない。
文章はすべてを伝えられないし、同じことをテーマに書いたとしても、書き手が選んだ言葉によって全然違うものになってしまう。
そういう不自由さが面白さなのかもしれませんね。
木内:赤星さんが「『ぷらから』らしいなあ」と思うのは、例えばどういう記事なんでしょうか?
赤星:うしがみさんの『【京急久里浜】久村と岩戸をつなぐ山道。(うしがみ探検編)』には、すごく「らしさ」を感じますね。

京急久里浜からYRP野比まで、山道を経由して歩いて行く記事
赤星:横須賀の人が、地元を好きな理由についてうまく話せない理由って、それが「生活」だからだと思うんです。
いつもの日常の中に、一瞬すごく心を捉えて放さないものがあり、それが生きる糧になっているんだけど他人に話すのはすごく難しい。
木内:その感覚、なんだか分かる気がします。
赤星:記事の中で、うしがみさんが「私はよく見知らぬ町を彷徨う夢を見るのですが、今歩いている道は夢の中の光景にそっくりでした」と書いています。
そういう瞬間が、人間にはすごく大事なんじゃないかなって。
私も北久里浜に住んでいたとき、夕暮れの歩道橋の上に登って、渋滞するクルマのブレーキランプが明るく連なる様子をぼーっと見つめて「よし元気が出たぞ、帰ろう」みたいな時間が好きでした。
そういう記憶ってうまく言葉にできないし、文章にしても「よくわからない」と思われるかもしれない。
でも、共感する人もいるはずで。
木内:その話を聞いて思いだしたのが、横須賀の風景って「どこか懐かしい」といった表現をよくされるんですよね。
それを「建物が古いから」のように解釈されがちなんですが、そうじゃなく、日本の地方都市に共通する原風景というか、昭和~平成の「生活」を思い出させるものが横須賀にはあるんだろうな、と私は解釈していて。
赤星:その可能性はあるかも。
人口減少の可能性がある都市の中で横須賀のように30万人台の規模感があるところって実はすごい少なくて、多くはもっと小さい都市です。
日本中に無数にあるそういった小さな地方都市の、少し大きい版が横須賀、と言っていいかもしれません。
そういう地方の生活を知っている人たちにとっては、何かしら共通点を見つけやすいのではないでしょうか。
木内:「大都市」に生きる人は日本のごく一部で、多くはもっと小さい街でくらしていますしね。
私も人口30万台の地方都市から上京したひとりですが、北海道と横須賀は気候も地形もまったく違うのに、不思議と「地元」を思い出す瞬間があります。
「歩く」だけでなく、「思考」でも散歩は楽しめる
木内:私が『ぷらから』らしいなと感じた記事は、赤星さんが執筆した『【JR田浦】横須賀じゃなければスイングはない?「戦後ジャズ発祥の地」説はどこから来たのか』なんです。
横須賀の中で通説になっている「●●の街」のひとつが「戦後ジャズ発祥の街」ですが、その由来や歴史を検証しながら一緒に歩き直してくれるところが、散歩ルートの紹介とは角度を変えた「思考の散歩」という感じがして。
赤星:視点を変えて、あらためて街を歩き直す、という意味ではうしがみさんの記事と一緒かもしれませんね。

赤星:ちょっと話が脱線するんですけど、最近ジャズとかロックが市役所もからんだ街のイベントになっています。
もともとは新しくていかがわしい音楽が年寄りのものになっていく……言い換えるとリスナーが歳をとるように、ジャンルそのものの過激さも時間とともに薄れて、行政でも扱いやすくなっていく過程だと理解しているのですが、どちらもかつては実際に街に流れていた音楽なんですよね。
本当にジャズが流行っていた当時の横須賀市は、薬物や暴力などジャズマン絡みの犯罪に困っていたはずだし、それはロックでも同じことで。
その事実をなかったことにして、こぎれいでしゃれた部分だけ街の売りにしていくのは何か違う気がして、アーカイブとして残していくために書いた、という背景もあります。
木内:その時代に、なぜそういう音楽が生まれて流行したのか、という背景がありますからね。
赤星さんの目線は、文化とその時代を生きた人に対するリスペクトの表れだと受け止めています。
それに、動画のリンクが貼ってあってすぐに曲が聞けるとか、もっと詳しく知りたい人はリンクから資料にアクセスできるとか、ウェブメディアならではの良さも散りばめられている。
街や音楽について、重層的なイメージを広げてくれるところがすごくいいな、と感じました。
(対談は、後編に続きます)

赤星友香
横須賀ぷらから通信主宰。クロシェター / ライター。普段はpiggiesagogoという屋号で編み図を作ったり、別館1617という自主レーベルで本を作ったりしています。横須賀育ちの北関東在住で、わりとつねに三浦半島に行く口実を探しています。

