防災の日特集
9月1日は「防災の日」。1923(大正12)年に関東大震災が起こったこの日にあわせて、今年は「防災の日特集」をお届けします!
三浦半島にはたくさんの活断層があり、地震のときの影響は昔から懸念されているところです。そのほかにも水害による浸水や、大雨に誘発される土砂災害など、考えなければならないことはたくさん。
今回はおもに「水害」と「地震」に注目し、それぞれの災害時に注意しておかなければならないポイントを散歩しながらご紹介していこうと思います。「防災の日」を明日にした本日は前編「水害」、明日公開の後編が「地震」。2本立てです!

防災の日特集です! 今回は専門家として「地盤災害ドクター」横山芳春さんをお迎えして、三浦半島の災害・防災について教えていただこうと思います!

はじめまして、地盤災害ドクターの横山芳春です。
災害リスクや、災害後の被災地調査を行う、地盤災害の専門家です。土地の災害リスクを知って暮らすことを考えてもらう活動をしています。
現在は千葉県に住んでいますが、横須賀生まれ、横須賀育ちで、丘陵の谷戸に囲まれて平地の少ない三浦半島ならではの災害リスクを知ってもらいたいと考えています。
三浦半島の防災

三浦半島は山と海に恵まれた立地ですが、だからこその懸念点もたくさんあります。

横須賀ぷらから通信はお散歩メディアということですので、ふだんのまち歩きでも見つけられる防災ポイントをいろいろご紹介していきたいと思います。
チェックポイントがわかれば、ご自分の町でも新たな発見があるはずです!
今回歩いたルート
今回歩いてみるルートとして横山さんに選んでいただいたのは久里浜エリア。平作川と久里浜湾があり、背後には山が連なっています。

関東大震災より後にできた新しい町が、将来的に大災害の影響をどう受けるのかも気になっています。

久里浜から野比にかけては新しい住宅地が広がっています。後編でそちらもご案内しましょう。

ありがとうございます! というわけで、本日は久里浜エリア。水害の歴史、そしてこれからの防災について伺っていきます!
京急久里浜駅から川沿いを海へ

取材日は2022年6月末。梅雨明け快晴の中、まずは平作川沿いに海を目指します。

駅前のバス通りは平坦に感じますが、実際は平作川に向かって少しだけ上り傾斜があります。水害を考えるためには要注意なポイントです。

教えていただかなければ全然わからないくらいの坂道ですね……。

平作川の上流側を見ると山はなく、平坦でとても穏やかに見えます。

このあたりは、もともと入江だった場所を開拓してできています。古くは開拓地全体を指して「内川新田」と呼びました。古い地形はふだん意識されないですが、災害時にさまざまな影響をおよぼす可能性があります。
内水(ないすい)のリスク

少し歩くと「夫婦橋」のある交差点にさしかかります。ここで先ほど話題に出た傾斜具合をチェック。

たしかに奥に向かってゆるやかに下っているような写真が撮れました!

川沿いよりも西側のイオン久里浜店方面のほうが低地になっています。「内水(ないすい)」発生時は低いエリアに水がたまってしまう恐れがありますね。

「内水」ってなんですか?

大雨が降った際、側溝や排水路、下水管の排水能力を超えてしまうことで、地上に水があふれだす水害です。
ちなみに、みなさんご存じの「水害」は、内水と「外水」による両方を含んでいます。「外水」による水害は、河川の水があふれる洪水のことですね。

なるほど、川の増水だけを気にしていれば良いというわけではないんですね。

川から離れていたとしても、まわりよりへこんでいる場所があったら内水が発生する可能性はあると考えておきましょう。最近だと2021年に横須賀市上町で冠水が発生しましたが、あれも内水の一例です。

上町みたいな高台は水害とは縁がないように思っていました。知らなければ対策できないですね。

高台とはいえ、周囲との高低差があると水がたまってしまうわけですね。
横須賀市の内水ハザードマップは一部の地区のみ作成されています。ただ、マップがないからと言ってリスクもないわけではないのが心配です。

ほんとだ、上町も内水ハザードマップが作成されていないエリアなんですね。
七夕水害は再来する?

水害といえば、昭和中ごろに大きな被害があったそうですよね。その後平作川の治水工事が進んだことにより水害のリスクが減った、と地元の小学生は習います。実際はどうなんでしょう?

1974(昭和49)年に発生した七夕台風(七夕水害)のことですね。その後大きな水害がなかったのは……うーん、たまたまでしょうね! 大規模な被害が発生する可能性はまだまだあると考えられます。

た、たまたまですか……。

河川の改修が進んでも周囲の地形は大幅には変わっていないわけです。洪水には強くなっても、その他の災害はどうか? というのはきちんとチェックしておいたほうが良いですね。

夫婦橋のたもとには由来をつづった案内板が置かれています。新田開発後も治水に苦労したこと、最終的には水門をつくり、上にかけた橋が「夫婦橋」と呼ばれるようになったことが書かれています。

近くには風化が進んだ石碑が置かれています。もともとは夫婦橋の真ん中にあった小島に置かれていたそうですが、現在は川岸に場所を移しています。

入り組んだ谷戸ごとに状況が変わる

先に内水のお話を伺いましたが、では七夕台風のような洪水が発生したらどうなるんでしょう?

横須賀のような地形では、谷戸ごとに被害状況が大幅に異なることが想定されます。ちょっと歩いて見てみましょう。


七夕台風では谷筋の冠水と土砂崩れが同時に発生して大きな被害を生みました。こちらの「災害履歴図」に薄茶で色がついている部分が浸水域です。


広い!北久里浜駅周辺はおろか、公郷を超えて衣笠駅のほうまで浸水していますね。佐野から不入斗方面も……! そして佐原から大矢部にかけても浸水。これはほぼ古平作湾(参考)の湾形ですね。

その通りです。もともとの地形が被害状況に大きな影響を与えることがおわかりいただけると思います。


この場所も川向こうに谷があるように見えますが、どうだったんでしょう?

災害履歴図を拡大して見てみましょう。池田町・吉井町は谷のかなり奥まで浸水しています。一方の久比里は川沿いのみ。長瀬は河口ですが浸水を免れています。自衛隊駐屯地もほぼ無事ですね。


本当ですね。「川岸から○メートル」みたいな感覚はあまり役に立たないことがわかりました。

舟倉に至っては全面冠水しています。陸の孤島と化してしまうと救助も遅くなりがちなので、被害が発生する前に避難するなどの対策が重要ですね。
現在の浸水被害想定は「平作川ハザードマップ」にて公開されています。一度ご覧ください!

ちなみに、今の場所にはもうひとつ心配なことがあります。なんだかわかりますか?

え、なんだろう、わかりません……。


岸壁に小さな川の合流口が開いています。

はい、ちょろちょろと水が出ていますね!

あのちょろちょろがなくなったら、要注意です。もしかしたらどこかで土砂崩れが起こって、川がせき止められてしまっているのかもしれないからです。

え、怖い。それって最終的にはどうなるんですか?

自然にできたダムのようなものですから、限界を超えると水と土砂が放出されます。下流は大きな被害を受けますね。

おおお……。近隣の方は水量にも要注目、ですね。
ちなみに平作川が増水したら、ああいう川にも逆流してしまいますよね?

そうですね。上流で標高が低い、思ってもみないところだけに冠水の被害が発生する可能性もあります。

自衛隊駐屯地を過ぎたところで人道橋を渡ります。ひと昔前の平作川はプレジャーボートの不法係留が多かったのですが、現在は撤去されて視界が良くなっています。お魚観察も楽しい。

川が増水するときはプレジャーボートもとても危険です。押し流されて建物を壊したり、道路をふさいだりしてしまいますから。

ボートが押し流されるというと津波被害を想像してしまいますが、大幅な増水という意味ではほかにもリスクがあるんですね。

もちろん津波の被害も想定しておく必要はあります。そろそろ久里浜湾に着きますね。
海沿いで起こりうること


久里浜湾に着きました! 「東京湾には津波は来ない」という迷信がありますが、1923年の関東大震災ではそんなことはなかったんですよね。

東京湾の奥のほうまでは津波が届かなくても、三浦半島は玄関口ですからね。もちろん津波がやってくるような地震は起こりえます。関東大震災でも津波被害がありました。
津波の高さ、どうなる?


平作川沿いではあまり見かけませんでしたが、海岸沿いには標高の表示がありまますね。津波避難の際には「どのくらいの高さまで逃げればいいのか」が重要です。


赤線が津波3m、オレンジ線が5m、黄色線が10mの際の最大浸水域です。

久里浜駅付近は津波10mの浸水域なのに、それより上流では再び5mの浸水があることになっていますね。

津波は川をさかのぼって来ますので、上流であろうと標高が低いところには侵入してきます。

やみくもに川上に逃げるのではなく、高台に向かわなくてはいけないわけですね。

海岸付近から高台に向かうのは距離があって大変です。あとでご説明しますが別の問題があることも。なので、背の高い建物に避難することも選択肢のひとつです。

避難できる建物はどうやって見分ければいいですか?

いちばん安心なのは避難場所の表示があるところですね。久里浜海岸付近だとマンションが避難場所になっていることがあります。



本当ですね! 「津波避難ビル」なんてものがあるんですね。

ただし私有地の場合はいつだって避難できるわけではありません。久里浜海岸マリーナタウンの場合も普段は9:00〜21:00、祝祭日は9:00〜17:00の間のみということになっていますね。

なるほどー! オートロックのマンションだから管理人さんがいる時間帯しか入れないんですね。これは盲点。


ちなみに、久里浜駅の近くまで行けば横須賀市立総合高校などの公的な大きな建物もありますね。

総合高校は5m以上の津波で浸水がある立地ですね。最低でも2階以上、できれば屋上まで避難したいところです。

屋上ですか。そう考えるとあまりたくさんは入れませんね。
1箇所に人が詰めかけるのも危ないですし、避難場所は普段から複数目をつけておきたいと思いました……。
市内他地域のハザードマップもあります。ぜひご自宅・勤務先などのエリアをご確認ください!

高潮


海沿いの水害といえば、津波以外にも高潮に注意が必要です。


大きな台風があると海岸沿いの道はよく波をかぶっていますね。砂の被害も多いと聞きます。

久里浜海岸沿いはもともと砂丘があり、海辺よりも少し奥まったところの標高が低くなっています。広範囲に高潮被害があると、低いエリアに海水がたまってしまうこともありますね。


タイドプール(磯だまり)みたいなものが形成されちゃうんですね。
海辺の土砂災害リスク

ちょっと長瀬のほうに足を伸ばしてみましょう。三浦半島は崖にも注意しなくてはいけませんから。
大雨などで土砂災害が誘発されることはよく知られていると思います。

生活域の中にある山。三浦半島ではおなじみの風景です。

土砂などが住宅地に流れこむのを防ぐためにフェンスが張られていますね。長瀬のこのあたりは神奈川県によって「急傾斜地崩壊危険区域」に指定されています。

指定されるとどういうことが起こるんですか?

崖の状態に影響を与える行為に県知事の許可が必要になります。たとえば崖を削り取ったり、逆に盛り土をしたり、ため池を作ったり、といったことですね。

指定されると自由に開発ができなくなるということですね。


その代わり、安全性を高めるための工事は県が行います。たとえばあの崖なんて、すごくないですか?


遠目には岩山に見えますけど、頂上までコンクリートを吹き付けてあるんですね?!


そうなんです。よくてっぺんまで工事をしたなと感心しますよね。


急傾斜地崩壊危険区域とは別に、このあたりは「土砂災害特別警戒区域」「土砂災害警戒区域」にも指定されています。

そちらはどういったものなんでしょう?

開発行為に制限がかかるのは急傾斜地崩壊危険区域と同様です。それ以外に、自治体がハザードマップをつくって危険性を周知したりといったことが行われます。
不動産譲渡の場合には、重要事項説明書に土砂災害(特別)警戒区域であることの明記が義務づけられていますよ。


赤色が特別警戒区域、黄色が警戒区域です。特別警戒区域のほうが危険度が高い、と考えてください。
黄色い斜線で囲われている場所は土石流の警戒区域。

該当するエリアにお住まいの方は、大雨・台風などのときには早めの避難を心がけてくださいね!

雨だけでなく、地震の際も注意が必要です。揺れた後は地盤がゆるんでいることがあります。
津波から逃げたはずががけ崩れに巻きこまれた、となってはいけませんからね。

さっきおっしゃっていた、津波の避難場所選びと関係してくるわけですね。
久里浜地区以外の土砂災害ハザードマップは横須賀市のウェブサイトからダウンロードできます。ぜひご覧ください。

久里浜の山へ

だいぶ歩いてきましたが、次はどこに行きましょうか?

次回歩く野比の町に、くりはま花の国方面から向かいましょう!
こちらでも興味深いものが見られますよ……。
擁壁で気をつけること

市営のくりはま花の国プール前を通りすぎ、なかなかの坂道を歩いてきました! 片側は擁壁が続いていますね。


この擁壁は安全性チェック的にお手本ですね!
まず、「ひび」や「ずれ」がある擁壁は劣化してきていますので要注意です。

ひび……入っていますね……

擁壁には排水口もついています。ここが詰まると水が擁壁の内側にたまってしまいますから、限界を超えると擁壁を破壊して流出する恐れがあります。

丸い排水口、ついつい空き缶などをつっこみたくなってしまう人もいるみたいですが、絶対にだめですね。ここの擁壁にはすでにつっこんでしまった不届き者がいるようですが……。

水がたまった擁壁は、大きな地震の際に損壊・倒壊することもあります。2016年に起きた熊本地震などでは、擁壁が道路に倒壊している事例もありました。
擁壁があるところには人がいます。与える影響が大きいので、十分に安全性を保ちたいですね。
千駄隧道を通る


千駄隧道を抜ければ野比の町です。

次回は引き続き横山さんに案内していただきながら、「野比の町で見られる活断層」について教えていただきます。明日の更新をおたのしみに!