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【三崎口】奇岩の要塞「長井城址」に行ってみよう!

三浦半島の地形といえば、断崖絶壁と海の風景! その地形を活かし、海の近くには城が作られました。

現在「荒崎(あらさき)公園」として整備されている長井(ながい)城も、三浦半島の地形を活かした城の一つでした。

今日のお散歩コース

長井_長井城址と荒崎公園 - Google My Maps

三崎口からバス3番乗り場から「荒崎行き」に乗り、終点の「荒崎」まで行きます。

ソレイユの丘から歩いて行くコースもありますが、リニューアル工事中のため、2023年3月末までソレイユの丘行きのバスはありません。
荒崎バス停

30分ほどで、終点荒崎バス停に到着。荒崎公園はここから更に奥。

荒崎公園はここから更に奥
すでに景色がエモすぎる……
住吉神社

途中にある住吉(すみよし)神社は三浦半島で唯一「道切り(みちきり)」の風習が残っている神社です。道切とは村の境にしめ縄を張り、疫病や魔を防ぐおまじないで、毎年5月15日と11月15日に住吉神社のお祭りとして受け継がれています。

長井町荒井の道切り|横須賀市
荒崎公園

海を眺めながら5分ほど歩くと、荒崎公園の入り口です。

長井城について

長井城を築城したのは、三浦義澄とも、義澄の弟の長井五郎義季とも伝わっています。長井義季については、長井に住んでいたことぐらいしかよくわかっていません。

しかし、栃木県足利市にある光徳寺によると、三浦一族出身の長義季という人物がいたという伝承があるそうです。もしかしたら若い頃はここに住んでいたけれど、足利の長氏に入り婿して移住し、長井城は義澄のものとなった……ということかもしれません。

長井城の遺構は残念ながら残っていませんが、荒崎公園全体が城の範囲と想定して、散策してみました!

荒崎公園公式サイト:https://www.seibu-la.co.jp/arasaki/

夕日の丘

エントランス広場の右手には、夕日の丘に続く坂道があります。

夕日の丘入口
左は磯へ 右は丘へ続く坂道

磯へ続く芝生の道は「はまゆうの広場」と名付けられています。夏には名前の通り、横須賀市の花である「はまゆう」が咲いています。

坂を登ると広場が……!
晴れていたら富士山が見えたハズ!
端っこに展望台が?
エモい!!

相模湾を見張らせるこの風景は、さぞかし海運の要所となったことでしょう……。

潮風の丘と城山展望台

再びエントランス広場に戻り、今度は入口から正面の「潮風の丘」へ。

右の道が「潮風の丘」方面
階段を登り……
更に登り……
展望台に到着!

丘の上にある城山展望台は、その名の通り長井城(荒崎城)があった場所とされています。宝治元(1247)年の宝治合戦で三浦本宗家が滅びた後は、三浦介を継いだ佐原盛時の異母兄・葦名光盛の子孫がここに住んだと言われています。

曇り空でもサイコー!

憩いの広場と弁天島

再びエントランス広場に戻り、今度は左の道を進みます。

今度は左に

すぐ見える入り江は「どんどんびき」と名付けられています。

どんどんびき

打ち寄せられた波がどんどん引いていく様子から名づけられたといわれていて、その波が織りなす不思議な景観は特撮ものの撮影地にも選ばれています。

憩いの広場を抜けると……

憩いの広場

フォトスポットの弁天島が!!

磯伝いに歩いて、弁天島に近づくことができますが……めちゃくちゃ歩きづらいので無理しないで!

こうして公園内を歩いてみると、防衛拠点としてうってつけの場所という事がよくわかりますね!

プラスのぷらり

さて、帰りは荒崎バス停に戻ってバスで三崎口へ……行くその前に、時間があるならちょっと歩いてみましょう!

荒崎バス停

荒崎バス停のある広場を左に海沿いに行くと、熊野神社があります。

熊野神社

長井の総鎮守で、地元の人から「ごんげんさま」と呼ばれています。創建は諸説がありますが建久年間(1190~1199)で、源義経の家人の鈴木重家(すずき いえしげ)の長男・家長(いえなが)が勧請したとも言われています。

鈴木氏は熊野の名門で、家重の父・重倫(しげのり/しげつね)は保元・平治の乱の時に義朝の元で戦い、平治の乱で敗走中に討死しました。その時、まだ幼かった家重を弟に託しました。

家重は『義経記』や『源平盛衰記』によると義経に最期まで従い、奥州平泉の衣川の館で義経や弁慶たちと共に戦って討死しました。家重は奥州に行くときに、故郷に妻子を残して行ったそうです。

家長がどのようにして長井に来たのかはわかりません。しかも系図によると重家の長男の名は重勝となっています。でも熊野大社ゆかりの人物が、長井の景観に魅せられて勧請したとなると、そこには必ず三浦一族が関わっているはずで、ロマンを感じますね。

熊野神社の境内から

最寄りのバス停はもう少し行った「漆山(うるしやま)」ですが、その手前にある坂道を登るとソレイユの丘や和田海岸方面に行けます。

三崎口まで戻る途中の、「長井小学校」バス停の近くにある長井水産直売センターでは、地元の野菜や新鮮な海の幸が並んでいます。

長井水産公式サイト:https://www.nagaisuisan.co.jp/directsalesstore/

バス停の名前にもなっている「不断寺」は、元々は4代目執権北条経時が寛元4(1246)年に自分の屋敷内に建てたものです。幕府滅亡後に荒廃し、文禄元(1592)年にここに移されました。

なぜ経時の寺が長井に移ったのかは不明ですが、経時の祖母が三浦義村の娘であること、宝治合戦の前年に建てられたこと、そして長井の地を治めていたのは叔父にあたる葦名光盛(の子孫)であることを考えると、ちょっとロマンを感じますね!

略系図

不断寺公式サイト:https://www.fudanji.org/

<meta charset="utf-8">樽瀬川 真人
樽瀬川 真人

三浦半島の付け根で生まれ育ち、地元の歴史を調べていたらいつのまにか鎌倉時代の三浦の海の底にいた。 

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