横須賀に住み始めて間もない「ヨソモノ」である筆者が、市内にある京浜急行の各駅で下車。「起点は駅」「行き先は決めない」をルールに、街を歩いて散策する『ヨソモノ駅前探訪記』。ヨソモノの目で眺めるから見えてくる(かもしれない)ヨコスカの姿、一緒に楽しんでいただければ、そんなうれしいことはありません。
三浦按針ゆかりの地に来ましたが、按針に触れなくていいですか?

さて、いつも言ってますが「お久しぶりです」。今回来てみたのは、京急の横須賀圏内・北から3番目の駅『安針塚』駅です。横須賀に来て間もない頃に「やすはり? あんしん?」と言ってしまった黒歴史があるため、一応確認しますが「あんじんづか」と読みます。
この地名の由来となった「あんじん」と言えば、歴史の教科書で読んだ人もいるかもしれませんが、江戸幕府の外交顧問として徳川家康に仕えたイギリス人航海士、ウィリアム・アダムスさんaka三浦按針(みうらあんじん)のこと。彼がどんな人なのか? 横須賀とのゆかりは? という点については、ぜひ『ぷらから』掲載中の樽瀬川さんの記事『青い目のサムライ三浦按針をめぐる』をご覧いただきたく。
私も横須賀に住み始めて4年が経ちましたが『安針塚』駅は初めて降り立ちます。走り去る赤い電車を見つめながら一抹の不安。

というのも、ある前情報だけ聞いていたからです。「安針塚駅って、京浜急行の全駅のなかで一番乗降客が少ないらしいよ」と。横須賀市内で、じゃなく「全駅で」ですよ。駅周辺はどんな感じなのでしょうか。

ホームはトンネル密接型。各駅停車しか停まらないせいか、こぢんまりと可愛らしい駅です。とりあえずホームから様子を眺めて見るわけですが……何もないっぽく見えます。どんな各駅探訪になるのかドキドキ。

まずは改札を出てみました。駅はこんな感じで、向かって左奥にはスーパー『京急ストア』があるのが見えます。

駅階段を下りた真正面にあるネイビーの一軒家はカフェレストラン。その斜め前にはしっかりとした駅前交番があります。


ぐるり見渡しましたが、駅周辺に商店街的なものはなく、三方に道路が伸びているのみ……。土地勘がないため、こういうときはどちらに歩いて行くべきか迷います。駅前の地図を見ながら、いったん周辺の位置関係を確認してみることにします。

地図の中に、私の脳内にある過去記事で登場したエリア(ピンク)をざっくり書きこんでみるとこんな感じです。南下すると(地図は南が上)、うしがみさんの『【逸見】逸見(へみ)の町を歩いて上って塚山公園へ』や、先ほどご紹介した樽瀬川さんの『青い目のサムライ~』、そしてJR田浦寄りにはTakechingさんの『【JR田浦】のの字坂から長浦の秘境尾根を歩く』で紹介されたエリアがあります。(どの記事も読みごたえがあるのでぜひご覧ください!)
それなら、まだ誰も歩いていない黄色でマークしたエリアに行ってみますか。でも横須賀に詳しい執筆者の皆さんが行ってない=何もないから? ううむ、悩む。
悩んだときは、まず空腹を満たすべし。駅前のカフェレストランへ
迷った時は腹ごしらえ。取材している現在14時、お昼ご飯も食べていないことですし、先ほど駅前にあったカフェレストランでランチでも食べながら脳内作戦会議をすることにします。
看板には『BAC』とありましたが、店名は『Basil And Clove』さん。昼食には遅めな時間でしたがランチタイム(11:30~15:00LO)に間に合ったようで、ランチメニューを頼むとサラダとコーヒー/紅茶が付いてくるとのこと。私は三浦半島の野菜をたっぷり使っているという『野菜のナポリタン』1540円(税込)をいただくことにします。

……おいしい……。しっかり&もちもちしたパスタの茹で具合が絶妙だし、トマトソースはトマトらしさたっぷりなのに酸味の角がないさっぱりした味わい。根菜やきのこなど具材の野菜は、それぞれの素材が持つ風味を感じられる塩梅に火が通してある。なんか、元気が出てきました。
自家製のマフィンも販売していたので、おやつ用に購入。店内では安針塚マダムたちがお茶を楽しんでいました。いいなあ、こういうお店が近所にあったらしょっちゅうランチに来ちゃいそう。

さて、エネルギーも充電されたし(パスタに心奪われて脳内作戦会議もできなかったし)、迷っていてもしょうがない。地図の黄色ゾーンに向かって歩いて行くことに決めました。
お店を出てJR田浦方面に歩きます。まずは『北消防署長浦出張所』の前を通過。そのすぐ横には地域住民に向けた公共施設『長浦コミュニティセンター』があるので、その前も通過します。


反対側はすぐ斜面になっていますが、そういった傾斜地にも連なるように家が建っているのを見るたび「横須賀らしいなあ」と感じます。地元の人にとっては見慣れた光景かもしれませんが、北海道育ちの私にとっては未だ新鮮です。

この通り沿いにいくつかお店がありましたが、この日はシャッターが下りている様子。


ぷらぷらと歩いているうち、国道16号線にぶつかり『安針塚入口』交差点に出ました。

交差点から横浜方面を見ると『新長浦隧道』トンネルが。

逸見方面を見ると『吉浦隧道(右)』&『新吉浦隧道(左)』の双子トンネルが見えます。

16号線の田浦~安針塚~逸見エリアは上りと下りで道路が分かれており、それぞれにトンネルがある造りです。ときどき横須賀は「トンネルの街」と言われており、中には「日本一トンネルが多い街」という表現をされているのも見かけます。
本当に「日本一」なのか? という点については諸説あるようですが(私設トンネルをどこまでカウントするか、とか)、谷戸地形でトンネルが多いのが街の特徴であることには変わりなく、横須賀市の観光情報サイト『横須賀市観光情報』にはトンネルマップもあり、見ていると楽しいです。
急勾配の上に、“とっておきビュー”の公園が
交差点を過ぎると、JR横須賀線の『田の浦踏切』が見えてきました。

このまま直進すると、冒頭でイメージした「黄色ゾーン」から外れてしまうため、踏切の手前にある『東長浦会館』のところで右折し、細い道に入ります。

すると『たのうら橋』の表示とともに、お魚をあしらった小さな橋と、かわいい小川が見えてきました。

この日は天気が良く、陽差しの強い日でしたが、さらさらと水の流れる音が涼しさを呼び覚ましてくれるようで気持ちがいいです。初めて来る街を歩くのは楽しいなあ……なんて、思っていたら道の先にまあまあスゴイ上り坂が迫っています。

上るしかないのですが、けっこうな斜度があります。下から見ると分かりづらいので、途中で振り返った写真はこんな感じ。

ここでリンゴやジャガイモを落としたら、間違いなくさっきの『東長浦会館』前くらいまで転がっていくはず。というか、私もここで転倒したら会館前まで転がりそう。だって坂なのに手すりが付いてる(右の黄色いバー)ってすごくないですか?
上り坂はカーブを描きながらまだまだ続きます。斜度が強すぎて、歩くだけでアキレス腱が伸びるのを感じる……運動不足の重いカラダを引きずりながら一歩一歩足を進め、ちょうど上りきったあたりに『安針台公園』がありました。ベンチでちょっと休ませていただきたいのですが……。

中はすっきり広々。カラフルな遊具がポンと置かれている以外は、芝生が広がっているシンプルな公園です。近隣住民の方でしょうか、愛犬とボール遊びを楽しんでいる人の姿も。

公園の奥のほうに、日除けのついた良さそうなベンチがありました!


夕方が近づいてきたせいでしょうか、日除け役であろう藤棚の効力もむなしく直射日光がガンガン当たっていますが、坂道で疲れているので座れるだけ良しとします!
ここでふぅっとひと息……グビリと水を飲んでから周りを見てみると、背後のフェンスに何やら注意書き。

「登らないで」? 150~160cmはあるかな、というまあまあ背の高いフェンスですが。あ、でもフェンスの向こうに……。

これはっ!

軍艦ビュー! しかも一艘、二艘のレベルじゃなくモリモリ停泊しています!
ちょうどこの公園は、海上自衛隊(手前)と米軍の海軍基地(右奥)が見えるロケーション。私は軍艦に詳しくないのでどういう船なのかはさっぱり分かりませんが、フェンスに登ってまで見たいと思う人がいる場所、ということなのかもしれません。
※帰宅してからGoogleマップで安針台公園を見てみたところ、「海上自衛隊・米海軍マニアの中では日米の艦隊が見られる有名な場所」「珍しい軍艦が来ると船を撮っている人たちが集まってくる」などのクチコミが寄せられていました。
さあ、充電完了。公園を出ると、目の前は立派なマンション群です。こちらに向いたお部屋からは、きっと海がキレイに見えるのでしょう。

細道を行ったら、まさかの文豪ゆかりの地へ
このマンションに沿った大きい道を歩こうかと思ったのですが、1本海側になんとも引力のある細い道を発見。

自衛隊の施設とかに出ちゃったらどうしよう。でも、気になるのでこちらに行ってみます!曲がりながら進む下り坂。公園からはフェンス越しで少し見づらかった船の停泊地が少しずつ近づいてきます。

坂の途中にはいくつか住宅があり、琵琶の実がなっているお庭が見えます。そう言えば、亡くなった父が琵琶の実が好きだったな、なんてことを思い出しながら歩きます。

長い下り階段に出ました! その先の道路は、どうやら国道16号?

『吉浦隧道』の逸見側に出てきたようです。逸見方面に向かって駐在所の前を通り抜けると『吉倉公園入口』という交差点がありました。

公園? どこにあるのでしょう。交差点からキョロキョロしていると、海のある方向に公園らしき緑を発見。

安針台「公園」つながりで、ちょっと行ってみましょう。『吉倉公園』の入口にはかわいらしい船のモザイクがありました。と、いきなり公園の奥を電車が走り抜けて行くではないですか! 横須賀線の線路に沿うように位置しているようです。

入ってすぐ、小首をかしげた女の子の銅像がありました。

その奥に、私を見つめる生き物が……。

虎だ! 虎が出たぞ!

目がちょっぴり優しい。虎が脇に従えているのはパンダです。

心を無にしているようなこの顔。たまりません。

ラッコはちょっと漫画っぽい顔をしている。
さて、動物も愛でたし帰ろうかと思ったところ、公園の隅に看板と石碑があるのを発見。

側に寄ってみてびっくり。『蜜柑』芥川龍之介……! 石碑には、短編小説『蜜柑』の一節が記されています。

『蜜柑』は国語の教科書にも掲載されたことのある短編なので、読んだことがある人も多いのではないでしょうか。横須賀駅から電車に乗る、芥川本人を思わせる「主人公」。その車両で乗り合わせた少女が、列車の窓を開け、蜜柑を窓の外に投げるシーンが印象的な作品です。(青空文庫で読めます)。しかし、その文学碑がなぜここに?

看板には、小説家である芥川龍之介が横須賀の海軍機関学校の教官だった時代に、鎌倉にあった下宿に戻る横須賀線の車内で実際に出会った出来事が『蜜柑』の題材になった、とあります。そう言えば、公園入口にあった女の子の銅像。

み・か・ん持ってる! この公園付近が、少女が蜜柑を投げた場所ということなのでしょうか?
※帰宅後に調べてみましたが、吉倉公園付近がその場所であるかどうかは不明のようです。この『蜜柑』を巡る謎については、『カナロコ』さんの記事『蜜柑と檸檬』に考察が載っています。
ゆかりの地かどうかは分からないものの、あてもなく歩いてきた先でばったり芥川龍之介の碑に出会えるなんて、なんだか楽しい。ちょっと得した気分です。
駅から1時間。歩いて出会う発見が、街への愛着に
そろそろ駅の方角に戻りましょう。『吉倉公園入口』交差点から『吉倉町』交差点へ。16号線を上り方面に少し歩いてトンネルの手前を左に折れます。

上り坂沿いに『長浦小学校』が見えてきました。少子化と言われる時代ですが、大きくて立派な校舎です。

坂を登り切ったところから見ると、小学校の向こうに『安針塚公園』から見えた背の高いマンション群が。

『安針塚駅』周辺にある住宅は昭和の雰囲気を感じましたが、この一帯は比較的新しい家が多い様子。道幅も広く、整備された住宅地といった雰囲気です。

そのまま道なりに歩くと、『京急ストア』のある『安針塚駅』が坂の下に見えてきました!

安針塚駅を起点に、東京湾方面に向かってぐるりと一周した形の本日の散歩、(ランチ時間を除いて)約1時間でした。
そして、自宅に戻ってからのお楽しみ。『Basil And Clove』で購入した自家製マフィンです。

右が「くるみ」、左が「キャラメルピスタチオ」。甘さ控えめの優しいお味に舌鼓を打ちながら、ゆっくりコーヒーをいただきました。
それにしても、『安針塚』の駅に降りたときは「何もない」駅に見えてしまい、ただただ住宅街を練り歩くだけになったらどうしよう……と一抹の不安を抱えていましたが、蓋を開けてみると軍艦ビューを楽しみ、芥川龍之介の作品とも意外な出会いがあり、楽しく歩くことができました。先入観で物事を判断してはいけないのだ! と、あらためて心に刻むことにします。
こうやって街歩きで見つけるちいさな発見が、街への愛着につながっていきますね。
次回は、4駅め『逸見』駅に行ってみたいと思います。どうぞお楽しみに!