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【逗子・葉山】12年に1度の御開帳! 三浦三十八地蔵尊御開帳レポ タイムアタック5日目

さて、御開帳タイムアタックもいよいよ最終日! 前半で頑張ったおかげで、余裕を持って回れます! 今回は逗子・葉山エリアを行きますよ~。

今回のお散歩コース

三浦三十八地蔵尊御開帳 5日目 - Google My Maps

京急の逗子・葉山駅からバスに乗り、浄楽寺(じょうらくじ)・正行院(しょうぎょういん)、万福寺(まんぷくじ)、相福寺(そうふくじ)、長運寺(ちょううんじ)、延命寺(えんめいじ)、海宝院(かいほういん)の7カ所を巡ります。半分ぐらい、以前も行ったことのあるお寺ですね。

19番 金剛山 浄楽寺

今回は逗子・葉山駅の南1番のりばから、逗5・6・7系統に乗車し浄楽寺バス停で下車します。前回ラストに訪れた正住寺(しょうじゅうじ)から続けて浄楽寺へ向かうには、林四ツ角バス停から逗5・6系統に乗って浄楽寺バス停で下車してください。

浄楽寺は和田義盛ゆかりのお寺です。詳細は以前の記事で。

今回御開帳されている地蔵菩薩は、江戸時代の享保年間(1716~1735年)に造られたものです。どことなくふっくらとしてほんわかした表情のかわいらしいお地蔵さんでした。

20番 紫雲山 正行院

浄楽寺を出たら、次の正行院まで10分ほど歩きます。

大通り沿いを葉山方面に進み、前田橋(まえだばし)交差点を右に曲がります。緩やかな坂道を登っていくと、正行院です。正行院も和田義盛ゆかりのお寺で、巴御前のために建てられたと伝えられています。

こちらも詳しいアクセスと縁起は、過去の記事を参照してください。

こちらの地蔵菩薩はスリムな体系のイケメン地蔵でした。

22番 沙白山 万福寺

前田橋交差点まで戻り、前田橋バス停から逗5・6・7系統で逗子駅方面に乗車。葉山バス停で下車します。そして目の前の交差点を右に入ります。

その先の角を右へ。

レンガの道を辿って行くと……。

万福寺です。

万福寺山門

万福寺は室町時代の明応4(1495)年に創建されました。葉山の下山口一帯を治めていた鎌介という人物はとても信心深く、自分の屋敷を寄進して寺にしたといわれています。

今回御開帳されている地蔵菩薩は「鎌介身代わり地蔵」と呼ばれています。これは鎌介が自分の姿に似せて作らせたものです。佐原義連が横須賀の満願寺にある観音像を自分の姿に似せて彫らせたと聞き、それに倣ったのだとか。

そう言われてよく見ると、どっしりとしつつもわりと整った穏やかな顔立ちをしています。多少の忖度はあったにせよ、結構イケメンだったんですね鎌介さん。

23番 長江山 相福寺

葉山バス停からまた逗子方面へのバスに乗ります。次のお寺は海岸回り(逗11・12)の元町(もとまち)バス停と、山側経由(逗2・5・6・7・8)の風早橋(かざはやばし)バス停のちょうど中間にあります。

今回は、本数が多い山側経由で行き、風早橋バス停で下車しました。

下車してバスの進行方向に進み、信号を左に曲がります。

バス停の名前の由来となっている風早橋を渡り……。

しばらく道なりにまっすぐ進むと、相福寺と隣接する明照(めいしょう)幼稚園の案内板があります。

案内板に従って右に曲がると、右手側に相福寺があります。

相福寺山門

相福寺は室町時代の創建ですが、ご本尊の阿弥陀如来像は鎌倉時代前期のもので、鎌倉・材木座の光明寺(こうみょうじ)の秘仏だったそうです。

ちなみに相福寺の近くには、三浦義明の4男である森戸重行(もりと しげゆき)の屋敷跡もあります。

21番 景政山 長運寺

風早橋バス停まで戻り、逗子駅方面のバスに乗ります。降車は2つ先の長柄交差点バス停です。どの系統に乗っても大丈夫です。

ちなみに風早橋バス停の前にある「ちっくりかん」にはストリートピアノが置いてありました。ピアノが弾けたらバスの待ち時間中に一曲……とかカッコいいですよね~。

バス停から長運寺までのアクセスや縁起については以前の記事を参考に。

今回御開帳された地蔵菩薩を拝観する際は、背後の掛け軸にも注目! 実は御開帳される秘仏というのは像ではなく、掛け軸の方なのです。

鎌倉時代から信仰されている、10人の霊界の裁判官「十王(じゅうおう)」が描かれていますが、その筆頭である「閻魔(えんま)王」の化身が地蔵菩薩であると、仏教では考えられています。

十王としての閻魔は亡者を地獄に送る恐ろしい裁判官長ですが、地蔵菩薩は地獄の責め苦を受ける亡者を救うと言われ、セットで信仰されてきました。

そのことを踏まえてじっくり鑑賞してみましょう。

24番 黄雲山 延命寺

長柄交差点バス停から逗子駅ゆきのバスに乗り、逗子・葉山駅で下車。川沿いを通って北口方面に行くと、延命寺があります。延命寺も以前の記事で紹介しました。

今回御開帳された地蔵菩薩は、「逗子」の地名の由来になった厨子(ずし)に入った地蔵菩薩です。

奈良時代の高僧・行基がこの地に訪れた時、夜中に黄色い雲とともに地蔵菩薩が現れました。それに感動した行基がその姿を彫ったと伝わります。

そして平安時代に入り弘法大師こと空海がここに訪れ、行基が彫った地蔵菩薩像を収める厨子を作ったと伝わっています。

建物自体は平成28年に改装されて比較的新しいものですが、本堂の静けさ・神聖さは古代からの歴史を感じさせるものでした。そこにたたずむ地蔵菩薩……! ぜひ実際に訪れてほしいお寺の1つです。

25番 長谷山 海宝院

さて、いよいよ最後の38カ所目!! 延命寺の前にある逗子・葉山駅北口バス停から逗19・20・21系統に乗車して、火の見下(ひのみした)バス停で下車します。

薬局の角を左に曲がり……。

線路を超え、その先の十字路をまた左に曲がります。

道なりにまっすぐ行き、矢の根橋を越えた先の右手に海宝院の山門があります。

海宝院山門

山門から本堂まで、かなり距離のある大きなお寺です。開基は、この地蔵菩薩巡りシリーズでさんざん名前を目にした長谷川長綱(はせがわ ながつな)さん!

長谷川さんは徳川家康の家臣です。家康が江戸にやってきて三浦半島の領主となった時、家康から三浦半島内の古い寺社の復興を命じられた人です。三浦一族ゆかりのお寺が今も残っているのはこの人のおかげとも言えますね!

海宝院は長谷川さんが復興したお寺ではなく、新たに作ったお寺です。駿河国から徳川家康と縁が深い十一面観音像と之源臨乎(しげんりんこ)という和尚を招いて、彼らのために建てられました。

前領主である北条氏滅亡後に新領主である徳川家康の威光を示す、という目的もあったのでこのように大きなお寺となりました。山門は創建当時のままです。

御開帳された地蔵菩薩は、比較的新しいものだからか、ラストだからか、ひときわまぶしく見えたのでした。

ちなみに、この近辺も三浦一族や源氏のゆかりの史跡がありますので、ぜひチェックしてみてください。

これにて満願達成!! やったね!!

というわけで三浦38地蔵尊霊場を5日間かけて達成しました。地蔵菩薩の次の御開帳は12年後の2035年ですが、三浦28不動尊霊場が2029年に御開帳予定です。また今年開帳予定だった三浦33観音霊場も延期したままなので、近いうちに巡礼チャンスは訪れるかもしれません!

■三浦33観音公式サイト−トップ−三浦三十三観音霊場会
三浦33観音公式ウェブサイト。ご開帳に関する情報や各札所寺院の詳細についても確認できます。三浦半島に点在する33の観音霊場。歩いて巡れば見も心も癒されます…。三浦三十三観音霊場会

普段訪れたことのない場所を訪れたり、美麗な仏教美術を堪能したり、昔の人の祈りの形を感じたりと結構楽しいものなので、チャンスがあったら是非挑戦してみてくださいね!

<meta charset="utf-8">樽瀬川 真人
樽瀬川 真人

三浦半島の付け根で生まれ育ち、地元の歴史を調べていたらいつのまにか鎌倉時代の三浦の海の底にいた。 

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